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2008年12月23日 (火)

普化宗門御掟書写 文政二年(1819) 吉田・小林武良家文書№128

    文政弐辛年
   普化宗門御掟書写
   卯正月吉祥日

   御入国之砌被仰渡候御掟書写
一虚無僧之義者勇士浪人一時之為隠家不入守護
 宗門依天下家臣諸士之席ニ而可定之条可得其定事
一虚無僧取立之儀者諸士之外坊主百姓町人下賎之者
 不可取立事
一虚無僧諸国行脚之節疑敷者見懸之時ハ早速
 召捕其所へ留置国領ハ其村役人江相渡地領代官
 所者其村役人江相渡可申事
一虚無僧之儀者勇士為兼帯自然敵抔相尋旅行
 依而諸国之者対虚無僧麁末慮外品又ハ托鉢ニ
 障リ六ケ敷義出来之節ハ其子細相改本寺迄可申達
 於本寺不相済義ハ早速江戸奉行所へ可送来事
一虚無僧之義止宿者諸寺院或者駅宿村々役所江
 可致旅宿事
一虚無僧法冠猥リニハ不可取者ハ万端可心得事
一尋者申付候節者宗門諸流可細丹誠事
一虚無僧敵討申儀者於有之ハ懸吟味兼而本寺
 被断本寺纏可訴出事
一諸士提血刀寺内江逃込依頼者其向為知本寺可抱
 置若弁舌を以申掠候者有之者早速可訴出事
一虚無僧常々木大刀懐剣心懸可致所持事
一本寺宗法出置其段無油断為相守宗法相背者於有之
 者宗法可行事
一此度被仰出為上意之趣堅可相守
 右條々堅相守武門之正道不異武者修行宗門与
 可心得者也為其日本国中往来自由差免置候処
 決定如件
   慶長十九甲寅年正月  本多上野介○印
       板倉伊賀守○印
       本多佐渡守○印

   覚
一本寺之住職者其末寺并本寺弟子仲間以衆許
 撰器量可相定縱附有由諸師其弟子を以相対
 後住契約并遺状不可取立於末寺住職者其
 所之弟子共相談之上任本寺可居置事
一弟子契約之儀改其人慥ニ証文を以取可極之肖
 火法追放人等不抱置事
   附し虚無僧佐法古来之通相定本寺纏弥入念
   急度可申付事
一末寺并弟子一宗之肖法人之仕置之時者小料之者ハ
 類本寺江可任差図ニ大料之族者奉行所へ達落着
 可申付為理不尽働仕間敷候
 右之條々堅可相守之若於違背ハ可為曲事もの也
  延宝五丁巳年十二月十八日   大田摂津守○印
        板倉石見守○印
   虚無僧諸流      小出山城守○印
    本寺中
    末寺中

   掟
一公儀御法度者不及申事
一慶長延宝年中被仰出候御條目并貞享享保
 宝暦右宗門掟書之趣厳重ニ可相守候事
一御用宗用可被相勧候御用向罷出候節聊義御威光
 振ひ申間敷候事
  附遠国へ罷出至而難渋之節有之者其所役人江
  可申談且遠近之無差別在々修行之砌日限三十日
  或者五十日ニ可限無断登山及延引之節者糺之上
  にて意趣纏可及沙汰事
一御上洛御社参之節前年病魔願出候共不承可届
 近国へ罷出候法春中ニ右御触来候ハヾ早々帰達致事
一托鉢出情可有之候別而修行ニハ如法第一可被相勤候乍去
 難捨置筋有之節ハ法中相談之上役僧代を以可申出
 又者其所役人江懸合神妙ニ談可被相立事
一法春相守相互ニ睦敷不寄何事可申談候 かつ
 初心江者随分心付宗旨之難規可申談候併再可
 及異見候而茂不相用候者可被申出私之趣意を以
 不可法罰事
  附新参之輩者万端先輩之差図相守べく候
  先輩纏不法之取計候ハヽ其者可申出事
一社師両度会合不参之輩者糺之上可致追脚事
  附無断離参他参之僧ハ可及沙汰事
一山内之儀不可致他意惣而人之善悪陰噂等不可申
 都而比興非礼之働有之間敷事
一御用并宗用之外不可致夜行宗縁者格別惣而
 俗家江出入べからず事
一尺八稽古之儀者夜四ツ時迄ニて限猥ニ不可取扱事
  附楽行堅可為無用事
一出火之節御触出者不及申ニ本尊旧記宝物等可被持
 出候万自分之品計取出右等之品及焼失候ハヽ可為越
 度右之品ニ懸居自分所持之品及焼失候共被申出
 次第借相渡可申事
一御用諸不及申宗用并客来之節吹留可為無
一登山下山之節如古例之談合立合之上道具可被改事
  附場先之節善悪施物之多分不可為雑言事
一他会下之門弟登山之砌非礼無之様可致事
一法春者勿論宗縁之旨申可願儀役僧江代江可申出
  附宗具并当用之外出産候者無用之事
一本則相願候共武家之外差免不申候事
一五法者不申及賭勝負堅禁之事
 右之條々厳重ニ相守宗法古来之通表僧
 立実意ニ文武両道異意無之様可相勤会下一統
 不埒之身持無之相互ニ懸吟味たとへ者はんたり
 共不四儀有之候ハヾ無遠慮可及異見候若
 相背輩者急度法罸可申付者也

   尺八曲目     外曲目
一霧海箎鈴慕    一二上鈴慕 実ハアテボノ
一虚空      一同虚空  同
一真虚霊 前吹盤沙    一同菅樋
右古伝本手     一同獅子
一瀧落      一三下り鈴慕 実ハクモイ
一穐田菅植     一同虚空
一九州鈴慕     一同菅樋
一志図曲      一同獅子   同
一京鈴慕      一下野虚空  呼返鹿遠音
 右鉢草手     一目黒獅子  鳳将雛
一琴之虚空     一銀龍虚空  佐山菅樋
一吉野鈴慕       右外拾七曲
一夕慕
一堺獅子
一打替虚霊
一居草鈴慕
一伊豆鈴慕     一三谷菅樋
一鈴慕涙      一下り葉
一鶴巣籠      一波間鈴慕
一右真手          琴古○
  都合拾八曲      琴甫○
           遊行○
   伊弉諾尊 日神  蛭児の宮
   伊弉冉尊 月神  素盞鳴尊
    右鎮坐ニて六社大明神
    申たてまつる也
      よし田
        小林伊兵衛印
  武野の
    よし田むら
      小林伊兵衛印

               吉田・小林武良家文書№128.pdf

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