御ゑいか
比企西国
みち法附
一ばん松山くわんそうし 二はんへ五丁
はるこまをむすひそめたる松が方に
みどりもながくふくむやまでら
二本宿じやうふくし 三はんへ九丁
はるぐと山をこへちのくわんぜおん
まつのはやしにすむぞ久しき
三しろやまいわむら 四はんへ廿二丁
きくおとやちまたにわかる山水も
おつれハおなしいわむろのたに
四ふるこほりぢうんし 五はんへ廿丁
ふるこほりつみハだいしへきへゆきて
のどかにてらすむらさきのくも
五せうじきふしんし 六はんへ二丁
たゑなさをひと木の松に
のりのふたばのしつくのみして
六ともりてうふくし 七はんへ十丁
よもすがらともりにやどるむしからも
せむいの山にひゞくこがらし
七ほりあいてうおんし 八はんへ十二丁
そのきしにあらねとこゝにてうおんし
ねがひハおなじふだらくのみち
八中山ゑんめいし 九はんへ五丁
ちかひてしみたけをのほるすヾしさに
いのちをのぶるなかやまのてら
九中山のうせうし 十はんへ三丁半
まことあなこゝろにぢひのかをとめし
むめのはやしものりの山みち
十同所せうせんし 十一はんへ十三丁
もろともにそでをひちぬるせうせんし
みのりもたえぬなかれなりけり
十一中山ゑんせんし 十二はんへ五丁
かみかけてちかいぞふかきゑんせんし
むすぶねかひもはなのしがらみ
十二いくされんげいん 十三はんへ十一丁
ありがたやいくさのてらのなにいでゝ
おなじはちすのいとにひかれん
十三同所■■いん 十四はんへ■丁
月ひらくあまねきことのいひ■かり
いくさにうつなほりのつゆかな
十四同所くわんをんいん 十五はんへ卅一丁
たびまくらくらとても■■けハいくさむら
くハんおんゐんにひゞくむしのね
十五南とをりくわんおんし 十七はんへ十二丁
たらちねのなさけぞふかきくわんおんし
このめやくなむのちふさを
十六ながらくほうけうし 十七はんへ十二丁
まふできてながくたのしむはちにそえ
こゝろのいとをとくのりのてゝ
十七ひがしさきせ し 十八はんへ八丁
いづる日のなさけとともにくわんぜおん
ひがしさきより八じのあけぼの
十八たかさかとうがういん 十九はんへ九丁
しづくまでひかりやはなつ花のいろ
十九おしたりせんぞうし 廿はんへ十丁
とき川のながれに花をこきませて
はるのにしきにのる■りのふね
二十かなやせんちうし 廿一はんへ廿一丁
すむ山にこゝろのちりぞふきはらへ
たへなるのりのたかまつのかぜ
二十一からこてうけいし 廿二はんへ一り九丁
さはたやまかけてぞひのむほとゝぎす
たゞひとこへのじひのみちすじ
二十二はねをこもをでら 廿三はんへ十二丁
むしびしていつもてくさのはをてらに
だいひの御之をたのむちごさか
二十三月のわふくしやうし 廿四ばんへ九丁
みかきぬるちゑのかゝみやせしどう
まよひをてらせつきのわのさと
二十四水ふさほうせんし 廿五はんへ八丁
めのまへにみのりのいけの水ふさに
むすぶちかひハたのもしきかな
二十五太郎丸ミどう山 廿六はんへ十六丁
しのハらをわけつゝゆけバミどうやま
のりをたつきのミちしるべにて
二十六すがやたいのどう
たのめたゞすがやこかけのあまやどり
ちかひもさじはさくらのかさ
二十七せんしゆたう千壽院 廿八はんへ十八丁
くもかすみかゝやくミねのせんじゆだう
こゝろそのりのはなのひとすじ
二十八しかむらぼさつどう 廿九はんへ三十丁
ゑもすゞしミのりのいけのミづかゞみ
ぢひのすがたをうつすはちすば
二十九中つめゑんつうし 卅はんへ廿二丁七間
たなひきししかんハ山にあやこりて
こゝろのやミをはらふまつかぜ
三十おつはたくわんおんし 卅一はんへ十九丁
ひゞくにミなをとのふるくハんおんし
又ひゞくにつミハきえなん
三十一よしたさんかくたう 卅二はんへ一り廿丁
いわつゝじいまさきそめてよし多山
きゞすにじひのこへぞひゞきて
三十二やまたやつのたう 卅三はんへ十六丁
たのみあるこゝろのをすはしねびの山
たごとにミてのかげをうつして
三十三大やすかやつ 一はんへ一り
ゆきとけてねがひもミつるすがやつに
いまぞだいひのにほふ梅かえ
かいづうをこのおふやつにぬぎおけバ
つミハながらくはつせ山■■
享保八癸卯辛三月吉日
凡道法合拾五里八丁半七間
第一ばん札所よりこれを■
初願主 穏譽 澤安
世話人 願譽 眞玄
還室 道空
一ばん十一めん 二ばん十一めん 三ばんせんじゆ
鎌倉すきもと寺
四ばん十一めん
たちかりてあまのいわとをおしひらき
ほとけをおかむ身こそたのもし
志賀・多田一男家文書 21.pdf