妙縁寺井鑿発起の事 宝暦元年(1751) 越畑・久保寅太郎家文書 1
妙縁寺井鑿発起の事 宝暦元年(1751) 越畑・久保寅太郎家文書 1
本庄中の郷
妙縁寺
井鑿発起の事
余数年富山泥水尓して仏霊に饗
するに快ら須依之井を鑿らん事を願ふ
尓此年不幸尓逢て悲儀尓多へ須墓尓
参りて誹人其角の古句を感する尓深き
事あり故尓井を堀りて夜鶴井と銘せんと
欲寸然りといへとも微力にして及ハ須少
しく其基を附して事を同且能衆尓
告希更尓助力を進め与ふもの也今より
鑿井の切越同して霊仏尓供し
祖先の孝をなさし免給ハハ顕世も
又繁栄ならんと此趣を願述須
夜の鶴古尓
婦とんもか希ら連須
意勺中尓あ里
宝暦元未十二月十六日
発起人 大塚七郎兵衛包好誌
翌申
六月四日井既落成懸額ヲ者アリ
表ニ云
夜鶴井
妙縁精舎尓あら多尓井を
鑿つ盤大塚包好の■し也
そ能水子のつ年なら須して
冬阿多々可尓夏涼し是志可し
な可ら妙の一字による奈るへし
本覚や暑さを志らぬ寺清水 宗覚
その功徳なる物其他善
なるもの堂く尓すく奈可ら須
大塚奈尓可し井を以て
身をな須又大意奈る物也
を盤夜鶴井能記尓在
冷水ハ隺乃井尓くめ中の郷 九皐
前に我於もふ志願年月を暦日尓
及ハハ鑿井の功を奈しなんものをと
此事を斗る然る尓五月尓して清水
の井を就春事を得多り又添ゆるに
誹哲の佳吟を顆して是を■賜
するものハ米中紀逸能墨痕なり
これを妙縁堂上尓かくるもの盤
宗覚老人の挙奈り殊に抃躍
歓喜の至り尓堪へ須是偏尓且法
の妙謝する尓忙し
井戸綱の先を引多り寺清水
太郎川藤藍峯謹稿
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